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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)1482号 判決

原告

松村博美

ほか一名

被告

桑原義信

ほか一名

主文

一  被告らは、原告松村博美に対し、各自金三二六万二五八二円及びこれに対する平成二年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告松村正子に対し、各自金三二六万二五八二円及びこれに対する平成二年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一二分し、その一一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告松村博美に対し、各自金三九一四万六七七七円及びこれに対する平成二年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告松村正子に対し、各自金三九一四万六七七七円及びこれに対する平成二年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1及び2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成二年五月一日午前七時二分ころ

(二) 発生場所 大阪市西区西本町二丁目一番一号先の、信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 被告近畿配達株式会社(以下「被告近畿配達」という。)所有の普通貨物自動車(なにわ四〇り二九一九号)

(四) 右運転者 被告近畿配達の従業員であり、同被告の業務として運転をしていた被告桑原義信(以下「被告桑原」という。)

(五) 被害者 亡松村美香(以下「亡美香」という。)

(六) 事故態様 南から北進してきた加害車が東へ右折するべく本件交差点に進入した際、本件交差点南寄りの横断歩道上を西から東へ横断歩行してきた亡美香に自車左前部を衝突させてこれを跳ね飛ばした。

(七) 結果 亡美香は、右衝突の結果、同月三日午前一〇時一四分ころ、同市阿倍野区旭町一丁目五番七号大阪市立大学医学部附属病院において、脳挫傷により死亡した。

2  被告らの責任原因

(一) 被告桑原には、赤信号を無視して本件交差点に進入した過失又はたとえ対面信号が青になつていたとしても前・側方を注視して残留横断者の有無を確認し、速度を調節して進行すべき注意義務があつたのに、これを怠り安易に加速して進行した過失及び過積載の過失があるから、これにより生じた損害を賠償する責任(民法七〇九条)がある。

(二) 被告近畿配達は、被告桑原の使用者であるから、その事業の執行につき被告桑原が第三者に加えた損害を賠償する責任(民法七一五条一項本文)を負う。

又、被告近畿配達は、自己のために加害車を運行の用に供していた者(運行供用者)でありその運行によつて右1(七)の結果を生じたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、これによる損害を賠償する責任を負う。

3  損害

(一) 治療費 一五八万九九七〇円

亡美香が平成二年五月一日から同月三日まで大阪市立大学医学部附属病院において入院治療を受けた際の治療費は頭書の額である。

(二) 入院雑費 三九〇〇円

右入院期間(三日間)に一日当たり一三〇〇円の入院雑費を要した。

(三) 入院付添費 二万七〇〇〇円

亡美香の父母である原告両名が、入院中の亡美香に右の期間(三日間)付添うために一日当たり各四五〇〇円、合計二万七〇〇〇円を要した。

(四) 葬儀費用 一〇〇万円

原告両名は、亡美香の葬儀費用として一〇〇万円を支出した。

(五) 入院慰謝料 四万二〇〇〇円

亡美香は、本件事故により脳挫傷等の重傷を負い、前記三日間入院を余儀なくされたものであるから、その間の精神的苦痛に対する慰謝料は、一日当たり一万四〇〇〇円、合計四万二〇〇〇円が相当である。

(六) 死亡による逸失利益 七九五二万〇六五五円

(1) 二〇歳から三五歳までの一五年間

亡美香は、死亡時満二〇歳の健康な女子であり、モデル兼アルバイトにより、年収六三三万一一一八円(モデルにより五五〇万三九九九円、アルバイトにより八二万七一一九円)を得ていたから、三五歳までの一五年間の逸失利益につき、生活費三割を控除し、ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すれば、四八六六万五四〇四円となる。

六三三一一一八×(一-〇・三)×一〇・九八一=四八六六五四〇四

(2) 三五歳から六七歳までの三二年間

亡美香は、四年制の特殊な高校を卒業しているので、平成二年の賃金センサスにおける女子の新高卒と短大卒の中間の平均年収三四三万円を基礎として、(1)と同様の方法で三五歳から六七歳までの三二年間の逸失利益を計算すれば、三〇八五万五二五一円となる。

三四三〇〇〇〇×、(一-〇・三)×(二三・八三二-一〇・九八一)=三〇八五五二五一

(3) よつて、亡美香の死亡による逸失利益は、(1)(2)の合計七九五二万〇六五五円である。

(七) 死亡慰謝料 一八〇〇万円

亡美香の死亡による慰謝料としては頭書の額が相当である。

(八) 弁護士費用 五〇〇万円

原告両名は本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、相当額の報酬の支払を約した。本件の弁護士費用は頭書の額を下らない。

4  原告らの相続

亡美香は平成二年五月三日死亡し、その権利義務は、父母である原告両名が各二分の一ずつ相続した。

5  よつて、原告両名はそれぞれ、被告らに対し、損害賠償金(被告桑原については民法七〇九条に、被告近畿配達については自賠法三条本文又は民法七一五条一項本文にそれぞれ基づく)として各自三九一四万六七七七円の支払及びこれに対する亡美香死亡の日の翌日である平成二年五月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1(交通事故の発生)の各事実はいずれも認める。

2  請求原因2の(一)(被告桑原の責任原因)は争う。

被告桑原は、本件交差点の約三〇メートル手前で対面信号が青に変わつたことを確認した上、時速約三〇キロメートルで本件交差点に進入したものであり、一方、亡美香は、赤信号を無視して横断を開始し、信号待ち停止車両の蔭から飛び出したものであつて、被告桑原に過失はない。加害車が過積載であつた事実もない。

3  請求原因2の(二)(被告近畿配達の責任原因)のうち、使用者責任については、被告近畿配達が被告桑原の使用者であり、被告桑原が被告近畿配達の業務として加害車を運転していた事実は認めるが、その余の主張は争う。

同2の(二)(被告近畿配達の責任原因)のうち、自賠法三条については、被告近畿配達が加害車の運行供用者であること及びその運行によつて請求原因1(七)の結果が生じたことは明らかに争わないが、その余の主張は争う。

4  請求原因3(損害)の(一)(治療費)ないし(四)(葬儀費用)はいずれも認める。

5  同3の(五)(入院慰謝料)は争う。三万七〇〇〇円が相当である。

6  同3の(六)(死亡による逸失利益)は争う。

亡美香のモデルによる年収は二七四万七九五三円、アルバイトによる年収は九〇万三四八〇円であり、経費率を三五パーセント、生活費控除率を五〇パーセントとして算定すべきであるから、死亡による逸失利益は二八二八万一八〇八円にとどまる。

7  同3の(七)(死亡慰謝料)は争う。一五〇〇万円が相当である。

8  同3の(八)(弁護士費用)は争う。

9  請求原因4(原告らの相続)は知らない。

三  抗弁

1  被告近畿配達の免責(自賠法三条ただし書)

被告桑原及び被告近畿配達は加害車の運行に関し注意を怠らず、亡美香には赤信号を無視して横断を開始した一方的過失がある。加害車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

2  過失相殺

亡美香には赤信号を無視して横断を開始し、進行車両に注意を払わずに横断しようとした過失があるから、七割以上の過失相殺がなされるべきである。

3  損害の填補

原告らは、本件事故による損害の填補として、次の支払を受けた。

(一) 治療費 一五八万九九七〇円

(二) 葬儀費用 八万一二七〇円

(三) 慰謝料 三〇万七五五八円

(四) 自賠責保険から 二五〇〇万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(被告近畿配達の免責)のうち、加害車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは明らかに争わず、その余の事実はいずれも否認する。

2  抗弁2(過失相殺)の事実は否認し、主張は争う。

亡美香の歩行者用対面信号機は、本件事故当時、正常に作動していなかつた疑いが強く、亡美香は赤信号を無視して横断していない。

3  抗弁3(損害の填補)の(一)は認め、同3の(二)は否認する。同3の(三)のうち、三〇万円の支払は認め、その余は否認する。同3の(四)は認める。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  請求原因2の(一)(被告桑原の責任原因)について判断する。

1  本件事故現場の状況(別紙図面参照)

甲第四四号証の一及び二、乙第二、第三、第六、第七、第一三及び第一四号証並びに被告桑原本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

本件交差点は、南北に通じる府道大阪伊丹線(通称なにわ筋、両外側から順に幅員各六メートルの歩道、幅員各六メートルの側道車線及び幅員各二メートルの分離帯があり、その内側に幅員約一二メートルで片側各二車線の本線車線のある道路で、制限速度時速五〇キロメートル、以下「南北道路」という。)と東西に通じる国道一七二号線(通称本町通り、両外側の幅員各二・五メートルの歩道の内側に幅員約一六・三メートルで東西合計五車線の車道のある道路、以下「東西道路」という。)とがほぼ直角に交差する信号機の設置された交差点(信号機の設置状況等は別紙図面のとおり。)であり、本件衝突地点は、南北道路の北行き第二本線車線(センターライン寄り車線)を北進し、本件交差点に入つてすぐの横断歩道(本件交差点南側横断歩道、以下「本件横断歩道」という。)上である。

本件交差点以南の南北道路(以下「南側道路」という。)の北行き第二本線車線(以下「本件車線」という。)から本件交差点に向かつて前方の見通しは良いが、左右の見通しは悪い。

事故現場周辺の道路は、平坦なアスフアルト舗装(ただし、本件車線のうち本件交差点から約三〇メートルの間はコンクリート舗装)であり、事故当時の天候は晴れで路面は乾燥していた。

西警察署員より実施された本件事故に関する実況見分(事故発生から約四八分後である午前七時五〇分開始、午前八時四五分終了)時の車両交通量は、一分間当たり南北方向・東西方向各二〇台であり、本件事故当時における人及び車両の交通も閑散であつた。

2  加害車の進行状況(対面信号の表示及び南側道路の北行き交通状況を含む)

乙第二、第三、第六、第七、第一三及び第一四号証並びに被告桑原本人尋問の結果(乙第二、第一三、第一四号証及び被告桑原本人尋問の結果はいずれも後述の採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

被告桑原は、出勤のため自宅から加害車を運転して本件交差点の南約一五〇メートルにある阿波座一丁目交差点を青の矢印信号に従つて北へ右折し、本件交差点でも右折するべくセンターライン寄りの本件車線に先頭車として入り、徐々に加速しながら北進した。そして、本件横断歩道南側の停止線(以下「本件停止線」という。)から約四一メートル手前の地点(別紙図面〈1〉)付近で右ウインカーを出し、更に、本件停止線から約二六メートル手前の地点(別紙図面〈2〉)付近へ進行した時、それまで赤であつた前方の南北道路北行き車両用対面信号(別紙図面甲、以下「甲信号」という。)の表示が青に変わるのを確認した(被告桑原の本人尋問中には、右信号表示が青に変わる瞬間は見ておらず、〈2〉地点では既に青に変わつていた旨供述する部分があるが、記憶の鮮明な事故直後に作成された乙第二、第一三及び第一四号証中の同人の各供述に照らして採用できない。)。

この時の南側道路の北行き交通状況は、本件車線の加害車前方には停車車両も先行車両もなく、すぐ左側の第一本線車線には黒色タクシー(別紙図面A、以下「A車」という。)を先頭にして(乙第三及び第六号証によれば、A車の最前部は本件停止線を約一・五メートル越えていたと認められる。A車が本件停止線手前に停車していた旨の甲第四四号証の一及び二の記載部分は採用しない。)計三台位の乗用車が信号待ちのため停車しており、更にその左側の側道車線にはパトカー一台が停車していた。被告桑原は、右〈2〉地点へ至るまでには右の交通状況を認識していた。

その後、被告桑原は、右前方を注視して対向車がないことを確認したものの、左前方の安全を確認することなく、丁度良いタイミングで右折できると思い、加速しながら本件停止線の手前約一〇メートルの地点(別紙図面〈3〉)付近へ進行した時、信号待ち停車中の前記A車(A車が一旦発進しかけて再び停止した旨の乙第二、第一三、第一四号証の記載部分は、まだ発進していなかつた旨の乙第六、第七号証中のA車運転者安原良雄の供述に照らして採用しない。)の前方から本件横断歩道上を西から東へ走り出てきた亡美香を別紙図面ウ地点付近に発見し、直ちに急制動の措置を採つたが間に合わず、本件停止線を約八メートル通り過ぎた本件横断歩道上(別紙図面〈4〉付近)で加害車左前部を亡美香に衝突させてこれを約一〇メートル跳ね飛ばし、本件停止線を約一二メートル通り過ぎた地点(別紙図面〈5〉)付近で停止した。

(なお、被告らは、〈3〉地点での加害車の速度を時速二五ないし三〇キロメートルと主張し、被告桑原も本人尋問においてこれに沿う供述をしているが、乙第二号証によれば、加害車のスリップ痕の長さは右一二・三メートル、左一一・六メートルであることが認められ、これらと前記1(本件事故現場の状況)で認定した路面条件(摩擦係数は〇・七前後とみるのが相当である)から加害車の制動初速度を推計すると、次の計算式のとおり、時速約四七キロメートルとなる。

計算式 (二五九×〇・七×一二・三)の平方根

右の推計速度は、被告桑原が亡美香を発見した〈3〉地点から加害車が停止した〈5〉地点までの距離(いわゆる停止距離)が二二・三メートルであること(乙第二号証)、前記認定のとおり亡美香が衝突により約一〇メートル跳ね飛ばされていること、事故直後に被告桑原が〈3〉地点での加害車の速度は時速約五〇キロメートルであつたと供述していること(乙第一三、第一四号証)ともよく符合する。他方、〈3〉地点での速度が右推計速度であつたとしても、前記認定の本件交差点の規模及び閑散な交通量からみて、加害車の右折は可能であつたと考えられるし、加害車が過積載の状態であつたことを証するに足りる証拠はないから、右推計速度は〈3〉地点での加害車の速度として相当であり、被告らの前記主張は採用できない。)

3  亡美香側の状況

(一)  亡美香の横断状況

乙第三号証、同第六号証、同七号証及び同第一六号証によれば、次の事実が認められる。

亡美香は、本件横断歩道を西から東へ横断するべく、本件横断歩道北西端付近(別紙図面ア地点)からうつむき加減にゆつくりと横断を開始し(少し早歩きのようだつたとする乙第四号証の三浦供述は、乙第七号証の安原供述に照らして採用しない。)、約九メートル先の別紙図面イ地点付近まで進んだ時、甲信号の表示が赤から青に変わり、信号待ちをしていたA車がアクセルを一回空ぶかしする音を聞いて顔を上げ、少し慌てた様子で前へ走り出した直後、進行方向右側から接近してくる加害車に気付いたものの、これを避ける間もなく、右イ地点から約四メートル進んだ別紙図面エ地点で加害車左前部に衝突し、別紙図面オ地点付近まで約一〇メートル跳ね飛ばされた。

(二)  亡美香の横断開始時における信号表示

亡美香が本件横断歩道上を別紙図面ア地点から同イ地点まで約九メートル横断するのに要した時間は、その歩行速度が右認定のとおりゆつくりしていたことから経験則上、これを時速三・五キロメートル(秒速〇・九七二メートル)として、約九・三秒であつたと推定するのが相当である(乙第一五号証は、実験者の歩行速度に明らかにばらつきがあり、亡美香の歩行速度を認定する資料として採用しない。)。

右事実及び乙第一号証(本件事故当時における本件交差点の信号周期表)によれば、亡美香が前記ア地点から本件横断歩道の横断を開始した時点(甲信号の表示が赤から青に変わる約九・三秒前)における本件交差点の各信号表示は、各信号が正常に作動している限り、甲信号を含む南北車両用信号及び南北歩行者用信号がいずれも赤(その時点での継続時間はいずれも約六三・七秒間)、亡美香の歩行者用対面信号である別紙図面乙(以下これを「乙信号」という。)を含む東西歩行者用信号がいずれも赤(その時点での継続時間はいずれも約一一・七秒間)、東西車両用信号がいずれも赤及び右折青矢印(その時点での継続時間はいずれも約三・七秒間)であつたことが認められる。

(乙第七号証によれば、前記A車運転者安原は亡美香の横断開始時における本件横断歩道の西行き歩行者用信号(別紙図面丙、以下「丙信号」という。)の表示は青であつた旨供述するが、他方で、亡美香が前記イ地点まで約九メートル進んだ時に甲信号が赤から青に変わつた旨をも供述しており、乙第一号証に照らせば、亡美香は、約九メートルの歩行に二八秒以上要したことになつて不自然であるから、丙信号の表示に関する右の安原供述は採用しない。)

(三)  亡美香の歩行者用対面信号機の状態

しかるに、乙第二号証(末葉の写真第七号)、第三及び第一六号証並びに原告松村博美本人尋問の結果によれば、本件事故発生当時、南側道路北行き側道車線で信号待ち停車していた前記パトカーに乗車中の西警察署警察官中原田道雄が、本件事故発生と同時に現場へ駆けつけ、倒れている亡美香の傍らで交通整理を開始してすぐ、乙信号機の異常に気づいたこと、その異常とは、乙信号機が、金属性の外枠裏蓋だけを残し、外枠表蓋、正面の赤・青両レンズ、更には内部の電球までもが一体として正面左側から右側へ向けて一八〇度反転開放され、東行き横断者に対する信号表示が全くなされていない状態になつているというものであつたこと、本件交差点のその他の信号機はすべて正常に作動中であつたことが認められる。

乙第一六号証によれば、右中原田は、当時、西警察署警備課警備係の長の立場にあつた勤続三〇年の警察官であり、間もなく到着した交通事故捜査員に本件事故処理を引き継ぐまで、同僚二名とともに本件現場で事故処理に当たつたことが認められ、又、乙第二号証(実況見分調書)によれば、前記の同号証末葉写真第七号は、本件事故発生から約四八分後の午前七時五〇分から五五分間実施された実況見分の際に撮影されたことが認められ、これらを総合すれば、前記認定の乙信号機の異常は、本件証拠上その発生原因は全く不明ながら、本件事故発生後に生じたと考える余地はなく、本件事故発生時さらには亡美香の横断開始時に既に存在していたものと認められる。

4  被告桑原の過失

右1ないし3で認定した事実によれば、被告桑原は、前記〈2〉地点付近で甲信号が赤から青に変わるのを確認したものの、その時点で、加害車が本件停止線を通過するまでせいぜい三秒前後(〈2〉地点での加害車の速度は断定できないが、同地点から約一六メートル加速進行した〈3〉地点における速度は前記認定のとうり時速約四七キロメートルであつたこと、〈2〉地点から本件停止線までの距離が約二六メートルであることから推定される。)と予見でき、青信号になつて間もなく加害車が交差点に進入することを認識していたと認められるのみならず、前記認定のとおり本件車線の左方の見通しは悪く、しかも、すぐ左側の第一本線車線には本件停止線付近のA車を先頭に計三台位の乗用車が信号待ちのため停車しており、さらにその左側の側道車線にも一台のパトカーが停車していることを認識していたのであるから、右時点で左前方をも注視してその安全を確認し、速度を調節しつつ進行すべき注意義務があつたものというべきである。そして、被告桑原が右注意義務を尽くしていれば、本件横断歩道を西から東へ横断してくる亡美香を発見することができたものと考えられる(この点につき警察が被告桑原自身に現場で実験させた結果である甲四四号証の一及び二は、前記A車の停車位置を本件停止線の直前に設定している点で前記認定と異なり、全面的には採用することができないが、被告桑原の目の高さを一・四四メートル、A車の車高を一・三八メートル、亡美香に見立てた横断者の身長を一・四七メートルと適切に設定して実験しており、これを基に合理的に推測すれば、被告桑原は、加害車が走行中であつても、少なくとも亡美香の頭部を視認することが可能であつたと考えられる。)から、前記認定のように左前方の安全を確認することなく加害車を加速進行させた被告桑原には左前方注視義務及び速度調節義務を怠つた過失があり、本件事故による損害を賠償する責任を負う。

三  請求原因3(損害)につき判断する。

1  治療費一五八万九九七〇円については、当事者間に争いがない。

2  入院雑費三九〇〇円については、当事者間に争いがない。

3  入院付添費二万七〇〇〇円については、当事者間に争いがない。

4  葬儀費用一〇〇万円については、当事者間に争いがない。

5  入院慰謝料 四万二〇〇〇円

甲二〇号証、乙第一四号証、原告松村博美本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡美香は本件事故により右硬膜下血腫、右前頭葉側頭葉脳挫傷及び左硬膜外血腫の重傷を負い、生死の危ぶまれる状態で平成二年五月一日から同月三日まで三日間大阪市立大学附属病院に入院を余儀なくされたことが認められ、その間の精神的苦痛に対する慰謝料としては、頭書の額が相当である。

6  死亡による逸失利益 四五一四万五〇五四円

(一)  甲第四二、第二七号証、証人中澄善彦、同岡堂博子の各証言及び原告松村博美本人尋問の結果によれば、亡美香は、郷里の愛知県にある学校を卒業後、平成元年五月上旬ころ単身大阪へ移り、モデル紹介斡旋会社エス・オー・エス・モデルエージエンシー(以下「本件モデルクラブ」という。)に所属してモデルとして稼働する一方、モデルの仕事がない日は日本料理店でアルバイトをし、いずれも本件事故まで約一年間稼働していた事実が認められる。

(二)  逸失利益算定の基礎となるモデルによる年間所得額

(1) 甲第一五ないし第一八、第四一、第四六号証によれば、モデルとしての仕事量や報酬額さらには稼働してから実際に振込入金を受けるまでの期間にはかなりのばらつきがあることが認められることに加えて、右認定のとおり亡美香のモデルとしての稼働歴が短いことも勘案すれば、逸失利益算定の基礎となるモデルによる所得額は、事故前三か月ではなく、事故前一年間の収入額と経費とを考慮して算定するのが相当である。

(2) そこで、事故前一年間の収入額につき判断するに、甲第一五ないし第一八号証及び証人中澄の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件モデルクラブのモデル料金に関するシステムとしては、まず、紹介斡旋を受けるスポンサーと本件モデルクラブとの交渉により決められる「モデル料」から、その一割の源泉税を差引き、逆に「モデル料」の三パーセントの消費税を加算した金額がスポンサーから本件モデルクラブへ送金されて本件モデルクラブがこれを預かり(以下これを「預かり金」という。)、その後、本件モデルクラブが「モデル料」と右消費税との合計額の二割にあたる紹介手数料を「マネジメント料」として預かり金から差引き、その残額を「支払額」としてモデルに振込送金するというものであり、したがつて、当初の「モデル料」を〇・七二四倍した額がモデルが現に受け取る「支払額」となる仕組みであることが認められる。

右認定の事実から、逸失利益を算定する前提としてのモデル個人の収入額は、「モデル料」に前記消費税額を加算した額から「マネジメント料」を差引いた額、すなわち、「モデル料」を〇・八二四倍した額と解するのが相当である。

ところで、甲第一五ないし第一八号証(支払明細書の写し)はその把握する期間が短期間に過ぎ、又、甲第四一号証(勤務実績一覧表)はその基礎資料が不明であつて全面的に採用することはできない(ただし、甲第一五ないし第一八号証との対照及び弁論の全趣旨からは、かなりの程度の裏付けがあるといえる。)ことから、亡美香の「モデル料」を直接証するに足る証拠はない。そこで、甲第四六号証(亡美香の振込口座通帳の写し)記載の給料振込(平成元年七月二五日から同三年一月二五日までの計一五回)の合計額から亡美香への前記「支払額」を算定(ただし、甲第一五ないし第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、右通帳への給料振込額のうち亡美香が死亡した平成二年五月の振込分までの一一回の振込額は、本件モデルクラブからの支出額より六五〇〇円ずつ少ない事実が認められ、右の金員の子細は不明ながら、亡美香がその生存中、本件モデルクラブへの何らかの支払(例えば、毎月の登録料)に要した費用と推測できるから、これを前記の給料振込合計額に加算)すると、前記「支払額」は、二八〇万五一八七円である。

二七三三六八七+六五〇〇×一一=二八〇五一八七

よつて、「支払額」と「モデル料」、「モデル料」とモデル個人の収入額との前記の関係からモデル個人の収入額を算定すれば、三一九万二六四四円となる。

二八〇五一八七÷〇・七二四×〇・八二四=三一九万二六四四

(小数点以下切上げ)

(3) モデルとしての経費

甲第一五ないし第一八、第二二ないし第二六、第二八ないし第三九、第四一及び第四五号証、証人中澄の証言、原告松村博美本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、モデルの所得税の白色申告においては、収入に対する経費率を四割として控除する取扱いがなされていること、亡美香の仕事に要する交通費は、現場が京都や神戸といつた近距離の範囲内にある場合は支給されず、モデル自身の負担となることが認められ、現場が右の近距離の範囲内にある仕事がかなり多数を占めていたと推認されること、モデルであることにより口紅や化粧品等に対して通常人よりもある程度多くの支出を要していたことが認められるが、他方で、前記の各証拠によれば、亡美香が仕事上で私物の衣類を用いる機会はほとんどなく、ヘアメイクにもさほど費用をかける必要はなかつたことが認められる。

よつて、亡美香のモデルとしての収入に対する経費率は三割とみるのが相当である。

(4) (1)ないし(3)から、逸失利益算定の基礎となるモデルとしての年間所得額は、次式のとおり、二二三万四八五〇円となる。

三一九二六四四×(一-〇・三)=二二三四八五〇

(小数点以下切捨て)

(三)  逸失利益算定の基礎となるアルバイトによる年間所得額

甲第一ないし第一四、第二七及び第四一号証、証人岡堂の尋問、原告松村博美本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡美香は、平成元年五月から平成二年四月までの一年間に、前記日本料理店におけるアルバイトにより計一〇〇万円の所得を得たものと認められる(給料支払明細書のない平成二年二月分については、モデルとしての稼働日が多いことから、その他の月の平均月額七万九二八〇円より若干控えめに算定した。)。

(四)  逸失利益算定の基礎となる亡美香の年間所得額

(二)及び(三)より、逸失利益算定の基礎となる亡美香の年間所得額は三二三万四八五〇円となる。

二二三四八五〇+一〇〇〇〇〇〇=三二三四八五〇

(五)  モデル兼アルバイトとしての稼働期間

証人中澄の尋問、原告松村博美本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡美香は、学校卒業後、単身大阪へ移つてモデル業に本格的に取り組んでいたこと、テレビ番組のレギユラーを始めとして一年目のモデルとしては比較的多くの仕事をしていたこと、モデルとしての将来性もあつたことが認められるから、亡美香はモデル兼アルバイトとして三五歳まで一五年間稼働した蓋然性が高いと考えるのが相当である。

(六)  右期間の生活費控除率

右認定の亡美香の所得額に甲第四六号証及び弁論の全趣旨を合わせ考慮すると、亡美香の右期間の生活費控除率は四割とみるのが相当である。

(七)  三五歳まで一五年間の死亡による逸失利益

右(四)ないし(六)から、亡美香の三五歳までの一五年間の死亡による逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すれば、次式のとおり、二一三一万三一三二円となる。

三二三四八五〇×(一-〇・四)×一〇・九八一=二一三一三一三二

(小数点以下切捨て)

(八)  三五歳から六七歳まで三二年間の死亡による逸失利益

弁論の全趣旨によれば、亡美香は、三五歳から就労可能年限とされる六七歳までの三二年間にわたり平成二年賃金サンセス(平成三年版)第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の三五ないし三九歳の女子労働者平均賃金の年間給与額三〇九万〇八〇〇円程度の収入を得られる蓋然性が認められ、その間の生活費控除率は四割とみるのが相当であるから、右の三二年間の死亡による逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すれば、次式のとおり、二三八三万一九二二円となる。

三〇九〇八〇〇×(一-〇・四)×(二三・八三二-一〇・九八一)=二三八三一九二二

(小数点以下切捨て)

(九)  亡美香の死亡による逸失利益

結局、亡美香の死亡による逸失利益は、右(七)及び(八)の合計額である四五一四万五〇五四円と算定される。

二一三一三一三二+二三八三一九二二=四五一四五〇五四

7  死亡による慰謝料 一八〇〇万円

前記認定のとおり、亡美香は、死亡時満二〇歳の健康な女子であり、モデルとして活躍し始めた時期であつたことから、その死亡により亡美香及び原告らが受けた精神的苦痛は大きいものというべきであり、それに対する慰謝料としては、一八〇〇万円が相当である。

四  抗弁2(過失相殺)について判断する。

前記認定のとおり、亡美香は、本件横断歩道の横断を開始する時点において、正常に作動していた丙信号が赤、東西方向の車両用信号が赤及び右折青矢印を表示していたのであるから、自ら対面信号である乙信号は本来なら赤を表示しているはずであり、甲信号の表示が間もなく青に変わることを推知して、横断を開始すべきではなかつたにもかかわらず、うつむいてゆつくりと横断を開始し、左右の安全を十分に確認しなかつた落ち度があるといえるが、前記認定のごとく乙信号だけ異常な状態にあり、何らかの代替措置が講じられていた形跡もない上、南北方向の全ての信号が赤を表示し、実際に本件横断歩道南側に信号待ち停止車両が数台存在している一方、その他の交通は閑散であつたという事情に照らせば、亡美香の落ち度の程度は、赤信号をあえて無視して横断した場合に比べて、相当に軽いものとみるべきである。

しかし、他方で、加害車側の過失も、前記認定のとおり、さほど著しいものではないから、本件は当事者双方にとつて極めて不幸な事故であつたと言わざるを得ないのであるが、本件当事者間において損害の公平な分担を図る観点からは、亡美香に五割の過失があつたものとみて前記損害額から五割を減じるのが相当である。

五  抗弁3(損害の填補)について判断する。

1  抗弁3の(一)(治療費)については当事者間に争いがない。

2  抗弁3の(二)(葬儀費用)については、乙第一〇及び第一一号証により、認められる。

3  抗弁3の(三)(慰謝料)のうち、三〇万円については当事者間に争いがない。乙第一二号証、原告松村博美及び被告桑原の各本人尋問の結果によれば、被告近畿配達は、平成二年夏ころ来阪した原告らのために宿泊先を紹介し、宿泊費用七五五八円を負担したことが認められ、事故の加害者と被害者親族という両者の関係に照らせば、右の費用負担は慰謝料支払の趣旨であつたものと認めるのが相当である。

4  抗弁3の(四)(自賠責保険からの支払)については当事者間に争いがない。

5  右1ないし4より、原告らは、本件事故による損害の填補として合計二六九七万八七九八円の支払を受けたことが認められる。

六  請求原因3の(八)(弁護士費用)について

弁論の全趣旨によれば、原告らが本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任し、その費用及び相当額の報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過及び認容額等の諸般の事情に照らせば、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は六〇万円と認めるのが相当である。

七  請求原因4(原告らの相続)は、甲第二一号証及び弁論の全趣旨により認められる。

八  結論

よつて、被告桑原は、別紙計算書記載のとおり、原告両名に対して、不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償としてそれぞれ金三二六万二五八二円及び本件不法行為の日の後である平成二年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

九  請求原因2の(二)(被告近畿配達の責任原因)について

請求原因2の(二)のうち、被告近畿配達が被告桑原の使用者であること及び被告桑原が被告近畿配達の業務として加害車を運転していたことは当事者間に争いがないところ、前記認定のとおり被告桑原には不法行為責任が認められるから、被告近畿配達は使用者責任(民法七一五条一項本文)を負い、右両債務は不真正連帯の関係となる。

一〇  右九の場合の損害額、過失相殺、損害の填補、弁護士費用及び原告らの相続についての判断は、前記三ないし七と同じである。

一一  結論

よつて、被告近畿配達は、別紙計算書記載のとおり、原告両名に対して、使用者責任(民法七一五条一項本文)に基づく損害賠償としてそれぞれ金三二六万二五八二円及び本件不法行為の日の後である平成二年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

なお、被告近畿配達が自賠法三条本文の責任を負う場合(抗弁1の免責主張が認められないことは前記のところより明らかである。)も右認定額を超えるものではない。

一二  以上によれば、原告らの本訴請求は、別紙計算書のとおり、主文第一項及び第二項記載の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 水野有子 村川浩史)

別紙 〈省略〉

〈省略〉

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